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質問の仕方ひとつで築ける信頼もある

きょう印象的なコラムを読みました。法政大学の上西充子教授のコラムです。

参考 政府の「お決まり答弁」を生み出す、記者の質問方法の問題点。なぜ論点を明示して質問しないのか?ハーバー・ビジネス・オンライン

政治家に対する記者の質問の仕方に苦言を呈するもので、例えば学術会議の政府答弁をめぐって、報道記者が「国民の間に分かりづらいという声があるが、どのように受け止めているか」といった質問の仕方をしていることを批判しています。理解できない国民の側に問題があるかのような問い方になっているが、ことの核心は政府が適切に答えていないという問題なのだから、問題点を整理して論理的に糾すべきだと上西教授は主張します。全くその通りですね。気骨ある新聞記者が少なくなってしまったのでしょうか。少なくとも、「国民がわからないと言っている」ではなくて「私は全く理解できません。詭弁だと思います。」というように主語をはっきりさせてもらいたいと思います。

質問というのは難しいものです。子どもに言ったことはありませんか?「わからないことは先生に聞くのよ」・・・もちろんその通りなのですが、質問することができるだけで実はもうほとんど問題は解決していると言っても良いほどで、大抵の場合は何を聞けば良いのかすら分からないものなのです。ただ、質問のマナーのようなことはいくつか思い当たる節があります。

どうだった? と質問するのはやめる

テストから帰ってきた子どもに向かって「どうだった?」と聞くのはやめましょう。これは良い質問ではありません。「どうだった?」と聞くと、ほとんどの子どもは「ダメだった」と言ってそれで会話はおしまいになります。とても答えにくい質問なのです。親の期待をずしっと感じてしまうので、それに応えられないと思って予防線を張ってしまうのです。これでは何も聞き出せないし励ますこともできません。こういう時はyes,noで答えられる質問の方が良いのです。「時間内に全部解けたの?」とか「テスト中ねむくなったりしないの?」なんていうのはどうでしょう。「うん、全部解けたよ。でも通分で間違ったのがあるかもしれない・・・」自分から色々話してくれるはずです

どうしてそう思ったの?と聞かれたら私でも困る

NHKラジオ第一の「こども科学電話相談」はいつも楽しみに聴いているのですが、アナウンサーや先生たちの何気ない質問にドキドキさせられることがあります。小学2年生の男の子が例えば「どうして寒い日に息は白くなるのですか?」と質問したとします。すると女性アナウンサーがこう聞き返すのです。「どうしてそう思ったのかな?」・・・おそらく疑問が頭に浮かんだときの状況(あるいは質問者の問題意識)を知りたくて、ということなのでしょうが、この質問に上手く答えられた質問者はほとんどいません。あまりにも高等な質問ではありませんか? この質問が出るたびに、気まずい沈黙の時間が流れるので、とてもドキドキしてしまいます。なんでもっと答えやすい質問を投げかけてあげないんだろうと不思議になります。もしあるお母さんが「紅茶にレモンを入れたらどうして色が薄くなるんだろう」と思ったとします。それに対して「どうしてそう思ったの?」と聞かれたらどう答えますか?「え? レモンを入れたら色が薄くなったから」としか答えられませんよね。何のための質問なのでしょう?

質問文は最後まで言おう

野球のヒーローインタビューや大相撲の力士に対するインタビューを聴いているとモヤモヤする時があります。それは質問文を最後まで言わないことです。「◯◯選手、完投勝利おめでとうございます。素晴らしいピッチングでした。昨年はケガに泣きましたが・・・?」 
ん?そこで終わりか? 「ケガに泣きましたが」のあともう少しあるでしょう? 「どのように克服したんですか?」とか「喜びもひとしおではありませんか?」とか 「もうケガは治ったんですか?」とか。
しかも不思議なことに、質問された側もちゃんと何か答えていたりします。日本人らしく、お互い察してあげているわけです。もちろんこれは日本人らしい特徴ではありますが、日本だけで通じる風景でもあります。単純にそれでよしとはならないと思います。

質問ひとつで、相手のことがよくわかるし、誰にも見せてこなかった一面を剥き出しにさせることもできます。質問一つで、自分の関心を相手に伝えることができるし、それによってかけがえのない関係を作ることもできます。この人はどんなふうに質問する人なのかと観察するのも面白いかと思います。

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