なかなかいい考えが思いつかない。どうやったら素晴らしいアイデアを手に入れることができるのだろう。そんなことを考えたことは誰にでもあるはずです。そしてそんな人向けの指南本がちゃんとあるのです。
いわゆるアイデア本のなかでジェームス・W・ ヤングの『アイデアのつくり方』は古典中の古典に属するでしょう。しかし現在にいたるも極めて高い評価を得続けているバイブル的な名著となっています。
初版が出たのは1940年、前書きを含めて50ページほどの小さな本です。

アイデアとは既存の要素の新しい組み合わせ以外のなにものでもない
この本がバイブル的存在である理由のひとつは、アイデアを次のように定義したからです。「アイデアとは既存の要素の新しい組み合わせ以外のなにものでもない」と。そしてその考えに基づいてアイデアが完成するまでの過程を5段階で明示しました。
第1段階 資料集め
第2段階 資料の咀嚼
第3段階 資料の組み合わせ
第4段階 アイデアの誕生(ユーレカ!の瞬間)
第5段階 アイデアの検証と具体化
アイデアは何の根拠もなく突然舞い降りてくるものではなく、入念な準備と常にそのことを考えるという意識性の中で揺籃されるものだということです。
私がが面白いと思ったのは第3段階です。シャーロック・ホームズが事件の最中に、ワトソンを音楽会に連れ出すエピソードを引き合いに出しながら著者は次のように書いています。
この第3の段階にやってくれば諸君はもはや直接的には何の努力もしないことになる。諸君は問題をまったく放棄する。そしてできるだけ完全にこの問題を心の外に放り出してしまうことである。(・・・)ここですべきことは、問題を無意識の心に移し諸君が眠っている間にそれが勝手にはたらくのにまかせておくということのようである。
『アイデアのつくり方』P47より引用
この部分はとても神秘的ですが、非常に重要な箇所だと思います。そして誰にも思い当たる節があります。数学の問題を解いていてどうしても解き方がわからない、30分近く考えても一向に解き方が思いつかない、気分転換にベッドに寝転んで音楽を聴く、再び机に向かったらさっきの問題の解法が突然ひらめいた・・・そんな経験はありませんか。あきらめるのではなく、いったんその問題を脇に置いておくというイメージでしょうか。
このアイデアの揺籃期に必要なのは、ヤングじしんも他の場所で述べていますが、あらゆるものに関心を持つ好奇心ではないでしょうか。
ヘミングウェーの「何を見ても何かを思い出す」ではありませんが、どんなものにでも自分に必要なものとの接点を見いだす想像力と言ったらいいでしょうか、そのような能力が背後で鍛えられるべきなのだと思います。
『アイデアのつくり方』は大事なことを意識させてくれるという意味で好著です。
ただ、個人におけるアイデアのつくり方という観点で書かれているところは、もっと現代的に発展させられるのではないかと思います。
たとえばIDEOという企業が、いっとき注目を集めました。この企業は個人のアイデアの集積でなりなっているわけではなく、徹底的な資料集めのあと、彼らはプロジェクトチーム全体でアイデアを出し合い練り上げていくのです。(『発想する会社! ― 世界最高のデザイン・ファームIDEOに学ぶイノベーションの技法』参照)ヤングのいう第5段階だけでなく、第2段階第3段階でもチームの力をフル回転させる。こうした新しい視点を取り入れつつ実践して行けばよいのだと思います。
